畠山氏の末裔・浄法寺氏の居城
二戸市に所在していた山城

浄法寺城

じょうぼうじじょう

 

航空写真


1.城データ

築城年

  • 不 明(1492~1501年の間?)

築城者

     
  • 浄法寺氏

別名

  • 小幡館

天守構造

  • 無し

城郭構造

  • 山城

遺構

  • 曲輪、堀

比高

  • 45メートル

廃城年

  • 不 明

年 表

1492年… 1492~1501年に築城されたか?
 
1592年… 「諸城破却令」の書上には「浄法寺 山城 畠山 修理 持分」とあり破却はまのがれたと思われる。
 

立 地

浄法寺城は浄法寺氏代々の本拠地となった城(現二戸市)である。浄法寺は陸奥の名門・畠山氏の末裔とされており、戦国時代には南部氏の重臣となっていた。
安比岳を源流とする安比川の影響によって形成された低地のほぼ中央に位置する山城である。城郭は旧浄法寺町の中心市街地に隣接しており、南西から北東に流れる安比川の左岸、南東に張り出した台地上に立地している。
この場所は糠部から鹿角に至る交通の要所でもあり、郭はこの街道を取り組んでいる(八幡館と大館の間の街道)。
廃棄城年は不明で1592年の「諸城破却令」の書上には「浄法寺 山城 畠山 修理 持分」とあり廃城はまのがれたと思われる。

郭の構成

浄法寺城は、八幡館・大館・新城館・西館・北館から構成されている。各郭を詳しく見ていく。

-八幡館-
東西方向約340m、南北約200mの規模である。北東には八幡宮が祀られており、参道の西川谷地が大手と考えられている。現在、八幡宮がある平場の端には土塁が残っている

-大 館-
東西110m、南北110mの規模で八幡館西に位置する。街道が通る堀がある。東側には腰郭が付き、南の堀は二重になっている。

-新城館-
東西280m、南北150mの規模。

-西 館-
東西200m、南北200mの規模。

-北 館-
東西200m、南北200mの規模。