若泉五郎左衛門を討って土浦城を奪い居城とした

菅谷 勝貞すげのや かつさだ

居城:土浦城太鼓櫓門

  ポイント

  • 小田家家臣
  • 若泉五郎左衛門を討って土浦城を奪い居城とした
  • 智勇兼備の武将

誕生・死没

  • 誕生:不 明年
  • 死没:1575年
  • 享年:?歳

官 位

  • 摂津守

所 属

親 族

菅谷晴範
菅谷政貞

略 歴

1516年 ?歳  若泉五郎左衛門の土浦城を攻め取り
 
1519年 ?歳  古河公方・足利高基の足利義明討伐に従軍
 
1524年 ?歳  土浦城主となる
 
1575年 ?歳  死 没

概 要

小田家臣。土浦城城主。1516年、土浦城を築いた豪族・若泉五郎左衛門を討って土浦城を奪い、居城とした。近隣の豪族や上杉・佐竹家などと各地で戦った。

土浦城攻略と城主

1516年に常陸国の豪族・若泉五郎左衛門の土浦城を攻め取り、小田家家臣・信太範貞が新しく土浦城主に置かれ主君・政治により菅谷勝貞を養子とした。
のちに病死した信太範貞に代わってそこの城主となった。
また、佐竹家との和平論を訴えていた信太範宗(信太氏の当主)を謀殺した。

その後、姓を「菅谷」に戻している。

智勇兼備の武将

勝貞は利根川・小貝川水系の水運にも大きな影響力を持ち、1519年には古河公方足利高基の要請を受けて上総国の足利義明とそれを支援する真里谷氏を討伐するために船を貸し出して自らも従軍してた。

また智勇兼備の武将で上杉謙信や佐竹氏とたびたび戦って、終生、小田氏を支えたという。