里見家2代目当主 実在したという証拠がなく架空人物の可能性あり

里見 成義さとみ よししげ

里見成義 墓
写真:房総タウン.com様

  ポイント

  • 安房里見家2代当主
  • 架空人物の可能性有り
  • 南総里見八犬伝の登場人物

誕生・死没

  • 誕生:1448年
  • 死没:1505年
  • 享年:57歳

名 前

  • 不 明

所 属

官職・役職

  • 官位:刑部少輔
  • 左衛門佐

親 族

上記系譜による。史料的には架空説が有力である。

略 歴

1448年…里見義実の子として誕生する
 
1491年…稲村城が完成する
 
1505年…死 去

概 要

安房里見氏2代目当主とされる人物。「里見八犬伝」では義成(よししげ)とも記される。
後世に編纂された系譜や軍記物にその名が見られるが、史料上で実在したという裏づけが取れないため、系譜に付け加えられた架空の人物とする説が主流となっている。しかし成義の存在を架空とすると、里見氏の系譜関係を著しく不自然にする事情などから、実在を支持する説もある。

実在説

系譜上の成義は、安房里見氏2代当主。里見義実の長男である。「成」の字は古河公方・足利成氏から拝領したものとされている。
父・義実が着工した稲村城を完成させ築城させ上総国への進出をおこなった。
また娘を正木時綱に嫁がせ、正木氏と縁戚関係を結んだ。

架空人物説

里見成義が発給した文書は存在せず、伝えられる事跡についても裏づけを取ることができるものはない。
しかし、上総国光福寺や高野山西門院に現存する古文書の中には、「義成」と署名された書が発見されている。
これを里見義成(成義)が発給したものではないかと指摘している人物もいるが、この考えに対して、夷隅地域で領主権を行使し、しかもその花押が戦国時代後期に一般的に流行したものであることを考えると里見ではなく、土岐義成の文書の可能性が高いと反論をしている専門家がいる。 「成」の字が足利成氏の片諱とする見方について佐藤博信は、里見氏歴代当主が名乗った「義」が里見氏を含めた新田・足利一族の通字であることから、更なる片諱の拝領の可能性を疑問視している。名前(ひいては人物そのもの)の創作である証拠とする。

近年では、成義は何らかの必要性があって加えられた作為的な架空の人物とし、義通・実堯兄弟は初代・義実の実子であったとする見方が有力である。