佐竹北家として豪族や家臣の統制などに尽力した

佐竹 義斯さたけ よしつな

佐竹北家の居城・久米城跡
提供元:でんでん太鼓 様

  ポイント

  • 佐竹北家4代目
  • 小田氏治追放後の小田城代
  • 那須氏との和睦を成立させる

誕生・死没

  • 誕生:1516年
  • 死没:1565年
  • 享年:55歳

名 前

  • 又七郎(通称)
  • 左衛門尉(受領名)

所 属

官職・役職

  • 不明

親 族

略 歴

1545年…佐竹義廉の長男として誕生
 
1565年…父・義廉が死去し家督を継ぐ
 
1571年…和田昭為の一族を仕置きする
 
1572年…那須家との和睦に貢献
 
1599年…死 去

概 要

佐竹氏の一族で佐竹北家・義廉の嫡男。常陸南部方面の総指揮を執り、江戸家などの有力国人の指南にあたった。また、上杉家に書状を発するなど外交活動も行った。

佐竹北家の家督相続

1545年、佐竹義廉の嫡男として誕生する。1565年に父・義廉が死去すると佐竹北家を継ぎ、陸南部方面の総指揮を執り、一族の重鎮として主に豪族や家臣の統制などに尽力した。

主な活躍

出奔した和田昭為の一族の仕置きや、小田氏治追放後の小田城代などがある。また那須氏との和睦を成立させるなど、外交面でも活躍したという。

参考資料(引用元)