佐野市天明町に観音寺を建立
佐野家の家訓を残している

佐野 秀綱さ の ひでつな

佐野秀綱が建立した「観音寺」

  ポイント

  • 佐野家12代当主
  • 佐野市天明町に「観音時」を建立

誕生・死没

  • 誕生:1472年
  • 死没:1546年
  • 享年:74歳

名 前

  • 小太郎(幼名)

所 属

官職・役職

  • 官位:越前守

親 族

  •    父  : 佐野盛綱
  •  兄 弟 : 藤岡房重
  •  兄 弟 : 柴宮盛俊
  •  兄 弟 : 舟津川秀実
  •  兄 弟 : 小見是綱
  •  兄 弟 : 船越増綱
  •  兄 弟 : 戸室親綱
  •  兄 弟 : 田沼重綱
  •    子  : 佐野泰綱
  •    子  : 佐野秀山
  •    子  : 大橋秀盛
  •    子  : 片倉俊景
  •    子  : 柴宮行綱
  •    子  : 久賀利綱
  •    子  : 中江川高綱

略 歴

1472年…佐野盛綱の子として誕生する
 
1527年…家督を相続する
 
1491年…唐沢山城の改築

概 要

佐野家12代当主。唐沢山城の大改修を行った「佐野盛綱」の嫡男。古河公方・足利家の被官として、各地を転戦した。

佐野家の家訓

秀綱が発した文書に、佐野家にとっては家訓ともいうべき文書があり、十二条からなる家訓は、『佐野市史』によると、次の内容になります。
 1. 母のいうことをよく聞け
 2. 一生懸命に奉公せよ
 3. 無駄な寄合をするな
 4. 小袖・帷子など衣服は贅沢にするな
 5. 裁判や処罰は厳重にしろ
 6. 無駄な浪費をするな
 7. 馬は肥やして、自分はやせるほど働け
 8. 狂言にも偽りをいってはならない
 9. 持具足は質素を心掛けよ
10. 他人と簡単に寄合うな
11. 不平・不満は、申し立ててはならない

これらは、佐野家の当主としての秀綱が、子の泰綱か、またはその一族らに送ったものと考えられています。
戦国時代の武将たちは、よく家訓を残していて、秀綱の家訓もその一つとして貴重な史料です。家訓の内容から、秀綱は一族を厳しく律することで、乱世を乗り切ろうと考えていたのかもしれません。

参考資料(引用元)

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