伊達家の侵攻により領地を削られた二本松家当主

二本松 村国にほんまつ むらくに

  ポイント

  • 4代当主・二本松政国の嫡男
  • 伊達尚宗の侵攻により領地を削られる

誕生・死没

  • 誕生:不 明
  • 死没:1545年

名 前

  • 尚泰(両畠山系図)
  • 材国(仙台叢書)
  • 稙国または稙高(松府来歴金華鈔)
  • 義国(続群書類従)

所 属

官職・役職

  • 官位:修理大夫、右馬頭

親 族

二本松政国
兄弟新城村尚(弟)、仏天、石橋泰義
二本松家泰二本松義氏、早川泰義

略 歴


1494年 ?歳  父・政国が死没し家督を継ぐ
 
1542年 ?歳  死 没

概 要

二本松家5代当主。4代当主・二本松政国の嫡男として誕生。伊達尚宗が安達郡への進出を開始したため、その影響を受けて所領を失った

名前について

代々、二本松家は将軍・足利家より偏諱を受けて名前を一字受け取ってきた、しかし「村国」の名は当時の将軍の中に使用している人物はいないため、偏諱を受けていないとされているが史料によって名前が異なるため、詳細ははっきりわかっていない。
『続群書類従』所載の「両畠山系図」では尚泰(ひさやす、「泰」は父・政国の別名「政泰」の1字と考えられる)とある。
足利義尚由来の字が、『仙台叢書』所載の「畠山家系」では材国(きくに)、『松府来歴金華鈔』では稙国(たねくに、稙高(たねたか)とも)とあり足利義稙(義材)由来の字が、『続群書類従』所載の「二本松系図」では義国(よしくに)と足利将軍家の通字が、それぞれ用いられた名前を確認することができる。これまでも二本松氏の当主は将軍から偏諱を受けてきているので、村国も一時期これらの別名を名乗っていた可能性はある。