宇都宮家との戦いで貢献した「結城四天王」

水谷 正村みずのや まさむら

千葉勝胤

居城:下館城

概 要

結城家家臣。下館城及び久下田城主。「結城四天王」の一人として数えられ、主に下野方面を担当し宇都宮家と抗争を繰り広げた。小田原征伐が始まるとこれに参陣し所領を安堵されてた。

  ポイント

  • 結城家家臣で「結城四天王」の一人
  • 下野方面を担当し宇都宮家と抗争を繰り広げた
  • 小田原征伐に参陣し所領を安堵される




誕生・死没

  • 誕生:1524年
  • 死没:1598年
  • 享年:74歳

名 前

  • 蟠龍斎(号)

官位・役職

  • 従五位下伊勢守

所 属

親 族

水谷治持
正室 小藤姫(結城政勝娘)
兄弟 正村勝俊
結城晴朝の正室

略 歴


1524年 0歳  水谷治持の嫡男として誕生
 
1544年 20歳  宇都宮氏の中村城を攻撃
 
1566年 42歳  従五位下伊勢守に叙任
 
1585年 61歳  下野田野城攻略
 
1586年 62歳  壬生氏討伐に参加
 
1590年 66歳  小田原征伐に参陣し所領安堵
 
1598年 74歳  死没




結城四天王

正村は武勇に優れたことから主君・政勝の娘婿となり「結城四天王」の一人となった。また、娘は下総結城氏17代当主・結城晴朝の正室になっている。
軍事面では、主に下野方面を担当し北に領地を接する宇都宮氏との間で激しい抗争を繰り広げ宇都宮氏の中村城を攻撃し、闘将として名を馳せた中村玄角を討ち取り落城させている。た。最前線である下野国との国境に久下田城を築き、自らが城主となっていくつもの戦功を挙げる。

久下田城下の発展

正村は宇都宮領との最前戦である下野国との国境に久下田城を築いた。 久下田城下では、真岡近郷で有名であった木綿織を発展させ、勤行川の舟運による真岡木綿の物流網の開拓など、後の下野久下田及び常陸下館の発展の基礎を築いた。

出 家

1569年には弟・勝俊に家督を譲り、出家して「蟠龍斎」と名乗った。
その後は、下総国北部まで侵攻してきた北条氏と対抗するために、結城氏と佐竹氏や徳川氏、那須氏との連携を図った。

大名へ

豊臣秀吉の小田原征伐が始まると正村はこれに参陣し所領を安堵され結城氏から独立した大名にまでなり、後の下館藩の基礎を築いた。





人 物

実名

実名については主君・結城政勝から偏諱を受けた「政村」が正しいとする説がある。

田野城の戦い

1585年の下野田野城攻略戦、落城間際に宇都宮家臣笠間氏に派遣された城主・羽石時政が最後の突撃を仕掛けた時にそこに居合わせた正村と時政の間で一騎討ちとなり、これを討ち取ったと伝えられている。この時正村は61歳ぐらいだった。