東条松平家3代目。家康に忠義を尽くし各地の戦いに参陣する

松平 家忠まつだいら いえただ

概 要

東条松平家3代目。松平忠茂の嫡男。松平宗家である家康に忠義を尽くし各地の戦いに参陣する。

 ポイント

  • 松平忠茂の嫡男
  • 家康に忠義を尽くし各地の戦いに参陣




誕生・死没

  • 誕生:1556年
  • 死没:1581年
  • 享年:?歳

名 前

  • 亀千代(幼名)
  • 甚太郎(通称)、家次

所 属

親 族

松平忠茂
松井忠直娘
ちいは(松平伊忠の娘)
養子 忠吉(徳川家康の四男)

略 歴


 
1556年 0歳  松平忠茂の子として誕生
父・忠茂が戦死
祖父・松平康親を後見人として家督を継ぐ
 
1570年 14歳  姉川の戦いに参陣
 
1575年 19歳  長篠の戦いに参陣
 
1581年 25歳  病死




東条松平家とは?

☆ 元は吉良家であったが父・義春が跡目を継ぎ東条松平家を樹立

東条松平家の元は東条城主・吉良家のことで、吉良家5代目当主・吉良義藤が応仁の乱の際に、同族である吉良義真(西条吉良家)に敗れ出奔したため父・松平義春が跡目(後見人とも)を継いで東条松平家と名乗った。
ちなみに義藤には嫡男・吉良持清がいたが幼少だっため、義春が継いだ。
しかし、この事実を伝える史料は少なく信憑性にかけるが、東条松平家は、松平宗家に忠義を尽くし今川氏に服属していたとされている。

生 涯

☆ 祖父・松平康親を後見人とし東条松平家の家督を相続

1556年、東条松平家2代目当主・松平忠茂の嫡男として誕生した。
父・忠茂の戦死に伴い、松平家康に家督相続・所領安堵を受けて仕えたが、生まれたばかりだったため、伯父である家臣の松井忠次(松平康親)が後見となり、元服後もその補佐を受けて活動した。

☆ 家康の家臣として

家忠は家康の家臣として東条吉良氏との戦いで忠次と共に功績をあげ、東条城を領した。その後も姉川の戦いや長篠の戦いなど、各地の戦いに参加したが病弱であり、1581年に病のため東条城で没した。